大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 平成8年(わ)40号 判決

本籍

石川県珠州市寶立町宗玄二五字三四番地

住居

名古屋市港区名港一丁目一四番一七号

会社役員

橋元昭子

昭和二年三月二七日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官堀本久美子、弁護人髙橋美博各出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一年一〇月及び罰金二億円に処する。

被告人において右罰金を完納することができないときは、金五〇万円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  名古屋市港区名港一丁目一四番一七号において、「以波橋遊技場」の名称でパチンコ遊技業を営んでいたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、売上の一部を除外して仮名預金を設定するなどの不正な方法により所得の一部を秘匿した上、

一  平成二年分の実際の総所得金額が四億四六三六万四〇一八円であったにもかかわらず、平成三年三月一五日、名古屋市中川区尾頭橋一丁目七番一九号所在の所轄中川税務署において、同税務署長に対し、平成二年分の総所得金額が九六九二万五八四八円で、これに対する所得税額が四三一一万四五〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により同年分の正規の所得税額二億一七八三万四〇〇〇円と右申告税額との差額一億七四七一万九五〇〇円を免れ、

二  平成三年分の実際の総所得金額が四億七一四九万一六七七円であったにもかかわらず、平成四年三月一六日、前記中川税務署において、同税務署長に対し、平成三年分の総所得金額が九四七七万〇一五二円で、これに対する所得税額が四一八九万九八〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、同年分の正規の所得税額二億三〇二一万九三〇〇円と右申告税額との差額一億八八三一万九五〇〇円を免れ、

三  平成四年分の実際の総所得金額が四億七八九六万三八三〇円、分離課税の短期譲渡損失金額が一五四万〇三四三円、分離課税の長期譲渡所得金額が一〇〇六万七〇四〇円であったにもかかわらず、平成五年三月一五日、前記中川税務署において、同税務署長に対し、平成四年分の総所得金額が二九七九万三一二九円、分離課税の短期譲渡損失金額が一五四万〇三四三円、分離課税の長期譲渡所得金額が一〇〇六万七〇四〇円で、これらに対する所得税額が一一一六万六〇〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、同年分の正規の所得税額二億三五七五万一〇〇〇円と右申告税額との差額二億二四五八万五〇〇〇円を免れ、

第二  石川県珠州郡内浦町字松波二六字三六番地一ないし三において「パーラーサロニカ」の名称でパチンコ遊技業を営んでいた橋元幸平の妻であり、同店の業務全般を統括していたものであるが、橋元幸平の所得税を免れようと企て、売上の一部を除外して仮名預金を設定するなどの不正な方法により所得の一部を秘匿した上、

一  平成二年分の実際の総所得金額が二億三七八四万九六七七円であったにもかかわらず、平成三年三月一五日、前記中川税務署において、同税務署長に対し、平成二年分の総所得金額が四九九〇万九九〇四円で、これに対する所得税額が九五一万一六〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、同年分の正規の所得税額一億〇三四八万一六〇〇円と右申告税額との差額九三九七万円を免れ、

二  平成三年分の実際の総所得金額が三億九八三六万四四五一円であったにもかかわらず、平成四年三月一六日、前記中川税務署において、同税務署長に対し、平成三年分の総所得金額が一億四四五一万七八一五円で、これに対する所得税額が四一一〇万一六〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、同年分の正規の所得税額一億六八〇二万五一〇〇円と右申告税額との差額一億二六九二万三五〇〇円を免れ、

三  平成四年分の実際の総所得金額が二億四六五九万四三五四円、分離課税の短期譲渡損失金額が一二二万六八四三円、分離課税の長期譲渡所得金額が五四一三万九九三六円であったにもかかわらず、平成五年三月一五日、前記中川税務署において、同税務署長に対し、平成四年分の総所得金額が五〇六四万一五二二円、分離課税の短期譲渡損失金額が一二二万六八四三円、分離課税の長期譲渡所得金額が五四一三万九九三六円で、これらに対する所得税額が二八一九万四五〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、同年分の正規の所得税額一億二六一七万〇五〇〇円と右申告税額との差額九七九七万六〇〇〇円を免れ

たものである。

(証拠の標目)

(括弧内の甲乙の番号は証拠等関係カードにおける検察官請求証拠の番号を示す。)

判示事実全部について

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官(四通、乙3ないし6)及び大蔵事務官(二通、乙1、2)に対する各供述調書

一  橋元一義(甲70)、橋元幸人(甲71)、橋元美代子(甲72)、橋元幸平(甲73)及び奥谷吉助(甲74)の検察官に対する各供述調書

一  落合勉の検察事務官に対する供述調書(甲63)

一  西上恒夫(二通、甲45、46)、田中雄平(甲51)、田中冨美子(甲52)、桜井ゆう(甲53)、田中栄子(甲55)及び桜井小夜子(甲56)の大蔵事務官に対する各供述調書

一  検察事務官作成の捜査報告書(甲75)

判示第一の事実全部について

一  被告人の検察官に対する供述調書(乙7)

一  手塚哲郎の検察官に対する供述調書(甲57)

一  井上成人の検察事務官に対する供述調書(甲59)

一  森竹清邦(甲47)、戸崎千之(甲48)、西川満夫(甲49)及び布目和生(甲58)の大蔵事務官に対する各供述調書

一  大蔵事務官作成の査察官調査書(一八通、甲8ないし24、85)

判示第一の一の事実について

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書(甲1)

一  中川税務署長作成の証明書(甲4)

判示第一の二の事実について

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書(甲2)

一  中川税務署長作成の証明書(甲5)

判示第一の三の事実について

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書(甲3)

一  中川税務署長作成の証明書(甲6)

判示第二の事実全部について

一  被告人の検察官に対する供述調書(乙8)

一  高瀬辰朗(甲65)、新平義弘(二通、甲66、67)、上腰寛(甲68)及び水勝男(甲69)の検察官に対する各供述調書

一  髙山志郎(甲60)、保田悟(甲61)、乙谷衛一(甲62)及び久保田和人(甲64)の検察事務官に対する各供述調書

一  中道秀一(甲50)及び田中時孝(甲54)の大蔵事務官に対する各供述調書

一  大蔵事務官作成の査察官調査書(一三通、甲32ないし44)

判示第二の一の事実について

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書(甲25)

一  中川税務署長作成の証明書(甲28)

判示第二の二の事実について

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書(甲26)

一  中川税務署長作成の証明書(甲29)

判示第二の三の事実について

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書(甲27)

一  中川税務署長作成の証明書(甲30)

(法令の適用)

(以下、「刑法」とあるのは平成七年法律第九一号附則二条一項本文により、同法による改正前の刑法をいう。)

一  罰条

判示第一の一ないし三の行為 いずれも所得税法二三八条一項

判示第二の一ないし三の行為 いずれも所得税法二四四条一項、二三八条一項

一  刑種の選択など いずれも懲役刑及び罰金刑につき同法四七条本文、一〇条(犯情の最も重い判示第一の三の罪の刑に法廷の加重)、罰金刑につき同法四八条二項(各罪所定の罰金額を合算)

一  労役場留置 刑法一八条

(刑量の理由)

本件は、逋脱税額が以波橋遊技場(以下「以波橋」という。)においては三年分で合計五億八七六二万円余、パーラーサロニカ(以下「サロニカ」という。)においては三年分で合計三億一八八六万円余、合わせて九億〇六四九万円余と極めて多額で、逋脱率も以波橋においては三年間で平均八五パーセント、サロニカにおいては三年間で平均八〇パーセント、合わせて平均八三パーセントにも上る所得税の脱税事犯である。以波橋における脱税の方法は、被告人が一日の営業終了後に自ら現金を回収し、店のコンピュータで打ち出したデータと現金を照合した後、右売上から一部を除外して真実の売上より少ない金額を収支表の売上欄に記載し、売上データ自体は焼却処分していたというものであり、サロニカにおいては、被告人が一日の営業終了後のファクシミリや電話で売上金額等の報告を受けた上、同店に常駐していた次男幸人らに売上から除外する金額を指示して真実の売上より少ない金額を収支表の売上欄に記載し、売上データ自体は焼却処分していたというものである。なお、夫幸平は平成元年三月に脳梗塞で倒れ、被告人がサロニカの業務全般を統括していた。そして、以波橋、サロニカのいずれについても、被告人は現金がある程度たまると銀行や郵便局等に仮名や借名で預金したり、無記名の割引債券を購入したりし、右脱税によって得た資産を隠匿しており、本件犯行態様は巧妙かつ悪質である。

被告人は、自分自身が義兄である橋元幸吉に雇われていた際に身内ということで給料を満足にもらえず、また右幸吉の死後は夫の幸平も勤めていた橋元運輸を追い出され、長年貧乏で惨めな思いをしたことから金員に対する執着心が人一倍強くなったこと、将来商売がうまくいかなくなったときに備えて金員を蓄えようと考えたこと、子供や孫達には貧乏で惨めな思いはさせたくないと考えたこと、貧乏なときに助けてもらった人に恩返しをしたいと考えたことなどから本件脱税に及んだものであり、自己の苦しい経験からできるだけ多くの蓄財をしようとしたこと自体は理解できないわけではないが、脱税をしてまで貯蓄をすることを何ら正当化するものではなく、本件各犯行の動機に特段酌量の余地はない。以上の事情を考慮すると、被告人の刑事責任は重いというべきである。

他方、被告人及び夫幸平は修正申告後の本税、重加算税及び延滞税を完納したこと、本件発覚後は、以波橋及びサロニカを法人化するとともに、その経理を全て電算化し定期的に税理士のチェックを受け経理の透明化を図ったこと、被告人は現在では全ての会社経営から手を引いていること、被告人には前科・前歴がないこと、夫幸平ともに長年各種団体に寄付を重ねており、本件発覚後も被告人に法律扶助協会に合計三〇〇〇万円の贖罪寄付をしたこと、現在六九歳の高齢で、高血圧等で通院中であること、夫幸平は脳梗塞により左半身麻痺の障害があり、日常生活において介助が必要であって、被告人が介助を行っていることなどの酌むべき事情も認められるが、本件において、逋脱税額が多額であることや逋脱率からして、被告人を主文の実刑に処するのが相当である(求刑・懲役三年及び罰金三億円)。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 土屋哲夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例